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なぜ助けるのか?

善きサマリア人のたとえ


「善きサマリア人のたとえ」では被害にあった人を助けたのは社会的地位の低いサマリア人だけだった
社会的地位の低い人の方が道徳的なのではなく、単に時間に余裕があったから他者を助けたのではないか?
体調が悪い人を助けるかという実験では、急いでいる時には10%の人しか助けないが、急いでいない時には63%の人が助けることが判明

皆さんは「善きサマリア人のたとえ」という話を知っていますか?


これは、聖書にある話なのですが、強盗にあって傷を負った人を社会的地位の高い祭司やレビ人は見て見ぬふりをしましたが、社会的地位の低いサマリア人だけが介抱をしたというものです。


もしあなたがこの場面に遭遇したらどう感じるでしょうか?


「祭司やレビ人はろくでもなく、道徳心が無い!」と考えますか?


DarleyとBatsonは別の見方をしました。


それは、「社会的地位の低い人の方が道徳的なのではなく、単に時間に余裕があったから他者を助けたのではないか?」というものです。


それを証明する為に、「善きサマリア人のたとえ」と同じような状況を再現しました。


この体調が悪い人を助けるかという実験では、急いでいる時には10%の人しか助けないが、急いでいない時には63%の人が助けることが判明したのです。


やはり、DarleyとBatsonが予想したように、私たちが他者を助けるかどうか?には時間に余裕があるかという大事な要素が関係するのです。


参考文献:


Darley, J. M., & Batson, C. D. (1973). "From Jerusalem to Jericho": A study of situational and dispositional variables in helping behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 27(1), 100–108. https://doi.org/10.1037/h0034449

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