2023年10月28日11 分

自然淘汰に関する13の誤解

進化心理学はどういう学問か

誤解1:自然選択はランダムで偶然に左右されるプロセスである
誤解2:自然選択は主に生存に関するものである
誤解3:"自然選択"とは、次世代のために最良の生物を積極的に「選択」するエージェントのことである
誤解4:自然選択は目的論的である(ある目標や目的に向かっている)
誤解5:自然選択は種の存続を優先する
誤解6:自然選択は完璧に設計された生物学的メカニズムを構築する
誤解7:進化は遺伝的決定論を意味する
誤解8:適応は出生時に存在しなければならない(あるいは、人生のごく初期に出現しなければならない)
誤解9:進化したメカニズムの産物は固定的で不変である
誤解10:自然選択の原理を使えば、心理学的分析レベルを無視し、行動を直接予測することができる
誤解11:進化の変化の原動力は自然選択だけである
誤解12:進化的な仮説は主に後付けの作り話である
誤解13:私たちの種では自然淘汰が止まったので、人間はもはや進化していない

今回はいつもとは違い、ある特定の研究のご紹介ではなく、Encyclopedia of evolutionary psychological scienceという本の中に含まれるThirteen misunderstandings about natural selectionという項目に関するご説明です。

Encyclopedia of evolutionary psychological scienceは進化心理学に関する項目が6,026もあり、ページ数はなんと8,605ページもあるというまさに百科事典という大著ですが、出版社での価格が643,499、Amazonでは¥782,181(2023年10月28日現在)という非常に高価な本です。

進化心理学を研究したい方にとっては読んでおいた方が良い内容なのは間違いありませんが、ほとんどの人は価格を聞いただけで興味を失ってしまうと思います。

しかし、今回取り上げるThirteen misunderstandings about natural selectionは共著者であるDavid M. Bussのホームページ(https://labs.la.utexas.edu/buss/publications/)からpdfを読むことができますので、もし英語が読める方は、直接読むことをオススメします(わかりやすい表もついていますし、引用もたくさん載っています)。

では長くなりましたが、本題に入りましょう。自然淘汰に関する13の誤解となぜそれが誤解と言えるのかを理解すれば、進化心理学という学問がどのようにヒトの心という目に見えない対象を扱っているのかわかるかもしれません(余分な説明が不要な方は枠で囲まれた部分だけをご覧ください)。

誤解1:自然選択はランダムで偶然に左右されるプロセスである
 
正しい解釈:突然変異はランダムだが、自然選択はランダムではない

これは生物学の授業で習った方もいるかもしれませんが、進化を単純化すると突然変異というランダムなプロセスと自然選択というふるいにかけるランダムではないプロセスに分かれることが理解できると思います。突然変異(例えば体の色が茶色になったり、白になったり...)はこの時点では有益なものもあれば、有害なものもありますし、そのどちらでもない(中立)なものもあります。しかし、自然選択を経ると有害な突然変異は少なくなり、有益な突然変異は次世代に受け継がれていきます(例えば、冬に茶色の毛を持つうさぎは捕食者に見つかりやすいので数が減るが、白色の毛を持つうさぎは数が増える)。

進化心理学の分野で進化の話が何度も何度も出てくるのは、身体的な特徴だけでなく、心理的な特徴も自然選択の影響を受けると考えているからなのです。

誤解2:自然選択は主に生存に関するものである
 
正しい解釈:繁殖の差が自然選択による進化の最重要な点であり、生存は繁殖の一部であり、生存と繁殖が対立する時には繁殖が優先される

例えば、ある突然変異(A)を持つ個体がどんなに長生きをしても、その個体が子孫を残さなければ突然変異(A)は次世代に受け継がれていきません。逆に、突然変異(B)を持つ個体が突然変異(A)を持つ個体よりも短命であったとしても、突然変異(B)は次世代に受け継がれていきます。

"生存と繁殖が対立する時には繁殖が優先される"という点を覚えておくと、なぜ多くの生物が寿命が短いのか?や子どもの為に命を捨てる親を持つ種がなぜいるのか?などの疑問に答えることができます。

誤解3:"自然選択"とは、次世代のために最良の生物を積極的に「選択」するエージェントのことである
 
正しい解釈:自然選択は盲目的で、受動的なプロセスであり、natural selectionは正確に表現するならdifferential reproductive successである

日常的に私たちは「進化」や「淘汰」という言葉を使います。しかし、生物学や進化心理学でこれらの言葉を使う時には、盲目的で、受動的なプロセスという意味で使います。著者らが言うように、differential reproductive successというのがより良い説明です。結局のところ、自然選択は同じ種の他の個体に比べて繁殖に成功するかという問題なのです。どんなに頑丈な生物でも、食べられてしまえばそこで終わり。同じ種の他の個体も全て食べられてしまえばそこで終わり。体が弱くても、寿命が短くても、脳が小さくても、生存・繁殖というプロセスを繰り返していけば、親の形質を受け継いだ個体の数が増えていくというだけの話なのです。

誤解4:自然選択は目的論的である(ある目標や目的に向かっている)
 
正しい解釈:自然選択は目的論的ではなく、目標や目的もない。なんなら、盲目的であり、将来のことについては何もわからない。

ここまでを振り返ると、自然選択が特定の特徴を持つ生物を(事前に)作り出すことができないということがわかると思います。例えば、脂肪を蓄えるという機能について考えてみましょう。食べたものを簡単に脂肪に変えることができる遺伝子を持つ個体は氷河期の時代には生存に有利かもしれませんが、地球の気温がだんだん高くなるにつれて余分な脂肪を持ち続けてしまうことになります。もしかすると、捕食者から逃げるのが遅くなったり、体内に溜め込んだ熱をうまく逃がせず生存には不利になってしまうかもしれません。自然選択は万能ではなく、将来起こり得る環境を想定して特定の形質をある集団中に広げていくことはできないのです。

誤解5:自然選択は種の存続を優先する
 
正しい解釈:自然選択は基本的には種レベルでは働かない

「種の保存」とか「群淘汰」と言われるような話がここでは登場します。例えば、集団の為に敵と戦い自爆する遺伝子(A)を持つ個体がいたとしましょう。その集団の他のメンバーはこの遺伝子を持ちません。もし敵と戦い自爆する遺伝子(A)を持つ個体が実際に敵と戦い自爆してしまえば、この遺伝子は集団内のどのメンバーにも受け継がれていきません。つまり、このような集団を好む遺伝子はなかなか広がらないわけです。

誤解6:自然選択は完璧に設計された生物学的メカニズムを構築する
 
正しい解釈:自然選択には制約がある

誤解6は誤解3や誤解4と似ていますが、非常に面白いことを指摘しています。これまでの話では、自然選択は(まるで毎世代なんの制約もなく起こる)強力なプロセスかのような話でしたが、実は制約が多くあります。本文ではいくつか面白い例を出しているのですが、ここではトレード・オフにだけ触れます。生存や繁殖に役立つ形質をたくさん挙げてみましょう。翼、強靭な肉体、長い寿命、大きな体、繁殖力の高さなどなど、あったらいいなと思うような形質は数えきれないほどあります。しかし、何かを選ぶということは何かを犠牲にするというありふれた言葉がここでは当てはまってしまいます。仮に、翼や大きな体を選んだとしましょう。翼を持つということは、その生物が海の中で自由に泳ぐことに不利になります。大きな体を持つということは、それだけ大量の食料を食べ続ける必要性に迫られます。

誤解7:進化は遺伝的決定論を意味する
 
正しい解釈:進化論的視点は環境の重要性を強調する

誤解7は進化心理学に対するよくある批判と関連していますが、進化論的視点というのは何も遺伝子のみを考慮するのではなく、環境も考慮します。例えば、生物の体長は概ね種によって決まっていますが、個体間にばらつきが全くないわけではありませんし、環境が変われば体長も変わります。環境中に利用できる餌が大量にあれば、その環境にいる個体は何不自由なくその種によって制約されているレベルまで成長することができますが、環境中に利用できる餌がなければ、個体の成長は止まってしまいます。これは、あらゆる形質(身体的形質や心理的形質)に言えることです。「遺伝か環境か」という話はつまるところどちらも大切という話になってしまうのです。

誤解8:適応は出生時に存在しなければならない(あるいは、人生のごく初期に出現しなければならない)
 
正しい解釈:自然選択は人生の適切な時期に必要な適応を構築するのであって、生まれた時から存在する適応を構築するのではない

誤解8はとても重要ですが、見落としがちだと思われます。特に、心理的な形質の場合には、人生の初期以外に見られる心理は文化の影響やメディアの影響を受けているとして、適応の議論すら成り立たない場合があります。しかし、正しい解釈で説明されるように、自然選択は人生の適切な時期に必要な適応を構築します。著者らが例として挙げているのは、歯や乳房です。歯や乳房、もっと言えば生殖機能などは生まれた時から大人と同じように発達しているわけではありませんが、自然選択の産物として否定する人はなかなかいないと思います。もちろん、進化心理学の場合には文化の影響やメディアの影響を十分に考慮する必要はありますが、特定の心理学人生の初期に存在しないからといって、適応ではないと断ずるのは早計なのです。

誤解9:進化したメカニズムの産物は固定的で不変である
 
正しい解釈:進化したメカニズムは柔軟である

著者らは手や足にできるタコについて論じていますが、ここでは足の筋肉について考えて見ましょう。私たちの足には立派な筋肉がついており、長い距離を歩いたり、走ったりするのに役立ちますが、これは筋肉が衰えないということは意味しません。全く歩かない生活を送っていると、次第に筋肉は衰えてしまいます。インプットが変わればアウトプットは変わりますし、それは案外簡単に起きるのです。

誤解10:自然選択の原理を使えば、心理学的分析レベルを無視し、行動を直接予測することができる
 
正しい解釈:情報処理レベルを無視すると、説明と予測に誤りが生じる可能性がある

誤解10が進化心理学の分野で見かける最も多い誤解と言っても良いかもしれませんし、最も重要な誤解と言っても良いかもしれません。むしろ、進化心理学を好きな人ほど陥ってしまう誤解かもしれません。なぜ、自然選択や適応という話から、直接行動を予測することができないのでしょうか?著者らは近親相姦嫌悪について詳しく取り上げていますが、ここでは簡略化してご説明します。例えば、近親相姦をすると、有害な遺伝子が蓄積されやすいので、人間は近親者に対して魅力を感じないという話を考えてみましょう。この話は生物学の話でも出てきますし、わかりやすいと思います。しかし、実際には近親相姦を行う人々や大人になってから生き別れのきょうだいが再会して恋に落ちるなんて話もドラマなどでは良くあります。この例だと、近親者を避けるはずなのに、避けていない。おかしい!となりそうですが、そこで登場するのが進化心理学のアプローチなのです。進化心理学が主張する情報処理レベルとは、そもそもどのように近親者を識別しているかという話です。きょうだいの識別としては同居期間の長さやMPAが指摘されています。同居期間について簡単に言えば、ヒトは幼い時に同居している期間によってきょうだいを識別している(同居期間が長ければきょうだい)のです。この過程を省いてしまうと、生き別れたきょうだい(同居期間が短いので、他人として識別)となぜ恋に落ちるのかや幼い時から一緒に育てられた他人(同居期間が長いので、きょうだいとして識別)となぜ恋に落ちづらいのかについて適切や説明や予測が立てられないというわけです。

誤解11:進化的な変化の原動力は自然選択だけである
 
正しい解釈:自然選択は適応の構造と機能を説明する唯一の方法であるが、進化的な変化の4つの原動力(Mutation, Genetic drift, Gene flow, Natural selection)のうちの1つに過ぎない

この点については、正しい解釈で書いてある通りですので、割愛します。

誤解12:進化的な仮説は主に後付けの作り話である
 
正しい解釈:進化論の仮説のほとんどは、十分に反証可能である

誤解12は著者らはトップダウン的アプローチとボトムアップ的アプローチの違いを説明しているので、ぜひ本文を読んでいただきたいのですが、簡単に言えば、進化心理学は他の科学がやっていることとほとんど変わらないプロセスを行なっているという主張です。理論から仮説や予測を生み出す場合もありますし、観察から新しい仮説や予測、理論を生み出すこともあります。もちろん、ある研究者が「男性は〇〇であり、女性は〇〇である」というような結果を見出し、それは進化の中で生み出された適応だ!と主張したとしても、新しい仮説や予測を立て、検証を続けなければ、その主張は否定されます。また、著者らは本文では歴史的な要素を含む学問が全て間違っているのであれば、宇宙物理学や地質学も同様に否定されてしまうと主張しています。

誤解13:私たちの種では自然選択が止まったので、人間はもはや進化していない
 
正しい解釈:一部の人間が他の人間より多く繁殖している限り、自然選択は続く

誤解13はなんとなくまとめのような感じですが、自然選択は(幸か不幸か)まだ終わってはいません。全ての子どもが生まれた後に同じように長い人生を歩むわけではありませんし、全ての成人が同じだけ子どもを産むわけでもありません。遺伝子が次世代に受け継がれていくというプロセスは、その種が存続し続ける限り、終わらないのです。

参考文献:

Al-Shawaf, L., Zreik, K., & Buss, D. M. (2021). Thirteen misunderstandings about natural selection. Encyclopedia of evolutionary psychological science, 8162-8174.