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進化心理学は疑似科学か?

進化心理学とラカトシュ


"進化論的な理論や仮説が反証不可能であるという非難は不当であり、その原因は、一般的に受け入れられているが、科学がどのように機能するかについての間違ったポパー的見解にある"(Ketelaar and Ellis, 2000)

進化心理学は疑似科学なのでしょうか?反証可能性はあるのでしょうか?


きっと、進化心理学について聞いたことのある人は上記のような疑問を一度は持ったことがあるかもしれません。


(分野外の人からもたらされるありふれた質問は、どの分野にも存在すると思いますが)進化心理学はそもそもの科学としての正当性を問われることが少なくありません。


しかし、心理学者は常に進化心理学が科学かどうか、進化心理学の仮説は反証可能かどうかを議論し合っているわけではありません。


なぜなら、'Are evolutionary explanations unfalsifiable? Evolutionary psychology and the Lakatosian philosophy of science'という論文が2000年に出版されていることからも分かるように、このような議論は20世紀にはすでに"終わっている"のです(もちろん、すでに行われている議論や今後行われるであろう議論を否定しているのではなく、ひとまずそのような議論は十分に行われたので、今日の進化心理学者はそのような議論に惑わされることなく、研究を行えているという意味です)。


上記の論文では、進化心理学がいかにラカトシュの科学基準に忠実であるか、そもそも進化心理学の理論や仮説、予測がどのような関係を持って存在しているかなどを踏まえ、進化論的な理論や仮説が反証不可能であるという非難は不当なもので、その不当な非難の原因を科学に対するポパー的な見方だとしています。


詳細な議論を読みたい方は、ぜひKetelaar and Ellis (2000)をご確認ください。


哲学者カール・ポパーによれば、科学的な説明とは経験的に検証可能な記述で構成されていなければなりません。また、経験的に検証されるとは、データによって支持されることであり、反証されるとは、データと矛盾することを意味します。


ここだけを見ると、ポパーの主張は適切なように思えます。しかし、批判がないわけではありません。


現実には、科学者はデータがすでになされた予測と矛盾するからと言って、即座に理論や仮説が反証されたものとみなすわけではなりません。


ここで登場するのがラカトシュです。


ラカトシュの科学モデルによれば、メタ理論(堅い核:Hard Core)は補助仮説(防御帯:Protective Belt)によって厳重に守られています。補助仮説は、メタ理論をむやみに正当化する為に存在するのではなく、メタ理論(の仮定)を検証可能とする為に存在しています。


このラカトシュの科学モデルを進化心理学に当てはまた場合の図わかりやすいので、ぜひKetelaar and Ellis (2000)かBuss (1995)をご確認ください(図の説明は微妙に異なりますので、見比べてみると良いかもしれません)。


ここでは、一部のみご説明します。


まず、進化心理学の分野においてメタ理論(Hard Core)に当たる部分は進化論になります(KetelaarとEllisによればBasic Metatheoretical Assumptions of Modern Evolutionary Theory)。防御帯に当たる部分は3つの段階に分かれており、「Middle-Level Evolutionary Theories」の下に「Specific Evolutionary Hypotheses」、さらにその下に「Specific Predictions Derived from Hypotheses」と続きます。


Basic Metatheoretical Assumptions of Modern Evolutionary Theory→Middle-Level Evolutionary Theories→Specific Evolutionary Hypotheses→Specific Predictions Derived from Hypothesesという階層構造になるのです。


例えば、進化心理学者が「妻による性的な不貞は夫による性的な不貞よりも離婚を引き起こすはずだ」と主張する時、それは男性は女性よりも優位なのだから、性的な不貞を妻はしてはいけないと男性は考えているとか、特定の思想や政治的な動機を持ってそう主張しているのではなく、単に「Specific Predictions Derived from Hypotheses」を検証しようとしているだけなのです。


この、「Specific Predictions Derived from Hypotheses」はその上にある「Specific Evolutionary Hypotheses」、先ほどの例で言うと、「メスが体内受精し、オスが親の投資に参加する種ではオスは血縁関係にない子どもに投資する可能性を減らすメカニズムを持つだろう」によって導かれています。


また、「Specific Evolutionary Hypotheses」は「Middle-Level Evolutionary Theories」、先ほどの例で言うと、親の投資理論と性選択理論によって導かれており、防御帯のトップに位置する「Middle-Level Evolutionary Theories」はメタ理論(Basic Metatheoretical Assumptions of Modern Evolutionary Theory)から導かれているわけです。


重要な点をいくつか挙げると、科学者(進化心理学者)が通常行なっていることは、検証可能な予測を確かめることで、補助仮説の上位に位置する仮説やメタ理論を否定することではありません(ロケットの打ち上げに失敗しても、物理学の基本法則や仮定を疑うわけではありませんし、繁殖に不利な形質を持つ生き物がいても、進化論をすぐさま否定するわけではありません)。


「妻による性的な不貞は夫による性的な不貞よりも離婚を引き起こすはずだ」という主張が認められなくとも、修正されるのはその予測のみで、すぐさま上位の補助仮説が否定されるわけでも、進化論が捨て去られるわけではありません。


また、たとえ、理論が誤った仮説や予測を生み出したとして、与えられた領域の説明において、他の代替的な理論よりも優れていれば、その理論は利用可能な最善の説明として保持されるという点もラカトシュの視点としては非常に重要です。


そもそも、進化心理学は心理学が首尾一貫したメタ理論を持たないことに対する批判を受けて成立したもので、特定の思想を支持したり、否定したりする為に生まれた思想ではありません(なので、進化心理学は心理学の一分野ではなく、心理学に対する進化論的なアプローチなのです)。


ここまでの話に付け加えておくと、進化心理学はデータに対して単なる後付けの説明を繰り返しているわけではなく、新しい仮説や予測を生み出し、検証し、明らかな誤りを否定するということを繰り返しています。


もちろん、Hard Coreが様々な批判にさらされたり、Protective Beltが検証され続けることは重要ですが、進化心理学という学問全体が疑似科学かどうか、反証可能かどうかなどの議論がすでに多くの研究者によって行われており、進化心理学の理論面についてもたくさんの論文が出版されているので、(ラカトシュの科学哲学が他の科学哲学と比較してどう評価されているのかも含めて)一連の議論が気になる方はKetelaar and Ellis (2000)から初めてみてはいかがでしょうか?


参考文献:


Ketelaar, T., & Ellis, B. J. (2000). Are evolutionary explanations unfalsifiable? Evolutionary psychology and the Lakatosian philosophy of science. Psychological Inquiry, 11(1), 1-21.


Buss, D. M. (1995). Evolutionary psychology: A new paradigm for psychological science. Psychological inquiry, 6(1), 1-30.

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