家父長制の進化と6つの仮説(要因)
家父長制の進化に関する6つの仮説(要因)を取り上げている1995年の論文
仮説1:ヒト科の祖先において、メスがオスの攻撃に抵抗する能力は親族や味方のメスからの社会的支援の減少によって損なわれた(父方居住)
仮説2:ヒトの進化の過程で、(しばしばメスに向けられた)オス同士の連合関係はますます発達した
仮説3:人類の進化の過程で(特に農業などの出現以降)男性は資源を支配するようになった
仮説4:進化の過程で、男性の社会政治的取り決めは男性の富と権力のばらつきを増大させた(男性間の不平等は男性が女性を支配しようとする際の他の男性による介入を減少させた)
仮説5:物質的/生殖的利益を追求する際、女性は男性による資源の支配と女性のセクシュアリティに対する男性の支配を促進する行動をとる(男性だけでなく女性も家父長制の存続に貢献している)
仮説6:言語能力の進化によって、男性は女性に対する支配を強化することができた(イデオロギーの創造と伝播)
なぜ人類は家父長制を持っているのでしょうか?
男性による権力の支配のことを家父長制と言ったりしますが(定義は様々だと思います)、実際には家父長制は複雑で、なかなか理解することが難しいものです。
例えば、男性が大きな家を構え女性を結婚後に迎え入れたり、系譜が男性経由なこと(苗字や資産が男性によって受け継がれていくこと)を家父長制だと思う方もいるかも知れませんが、実際にはそれぞれ父方居住制とか父系制と言ったりします(もちろん、それぞれの概念は密接に関連していると考えられます)。
人類学では、これらの概念を明確に区別しますので、社会システムが誰によって担われているか(patriarchy/matriarchy)だけでなく、結婚後どこに住むか(patrilocal/matrilocal)や系譜をどうやって辿るか(patrilineal/matrilineal)など考慮しなければいけない要因は複数あります(先に挙げた概念もneolocalなどを含めてさらに区別しなければいけません)。
しかし、実際にはこれらの概念を区別してまとめるのは大変なので、今回は家父長制に重きを置いて、(だいぶ簡略化しますが)わかりやすく取り上げている論文をご紹介します。
家父長制と進化についての論文としてはSmuts(1995)が有名かと思いますが、この論文では進化に関する6つの仮説(要因)を取り上げています。
この論文では6つの仮説をそれぞれ相互排他的な対立仮説とみなしているのではなく、要因という意味で用いていることには注意が必要です(どれか1つの仮説が採用されるべきというわけではないということです)。
仮説1:ヒト科の祖先において、メスがオスの攻撃に抵抗する能力は親族や味方のメスからの社会的支援の減少によって損なわれた
これは、父方居住のことです。考えてみると、結婚後どこに住むかというのは、(少なくとも進化の歴史においては)オスとメスの力関係がどう変わるのかを表しています。
メスが生涯生まれた集団に留まる場合とそうでない場合では、メスが他のメスや親族から得られるサポートが変わります。新しい場所に移動しなければいけないということはメスにとっては社会関係がリセットされることを意味するわけです。
仮説2:ヒトの進化の過程で、オス同士の連合関係はますます発達した(これらの連合はしばしばメスに向けられた)
これは、集団間での争いという適応問題を解決する方法としてもよく取り上げられる、オス同士の連合(という適応)が時にはメスに向けられることもあったというものです。
また、仮説1と比較して考えると、メス同士の連合は父方居住によりリセットされるが、オス同士の連合は強化され続けるという点が重要な違いというわけです。
仮説3:人類の進化の過程で、男性は資源を支配するようになった(特に農業などの出現以降)
農業や牧畜などの生産システムは(狩猟採集とは違い)富の蓄積を可能にします。また、進化心理学では繰り返し主張されますが、男性の方が資源獲得に関心があり、女性の方が異性の資源を求めるということもここで関係するかもしれません(理論的根拠は親の投資理論などをご確認ください)。
仮説4:進化の過程で、男性の社会政治的取り決めは男性の富と権力のばらつきを増大させた
これは、単に男性間の不平等が高いということを意味するわけではなく、男性が女性を支配しようとする際に弱い男性からの介入をできにくくなるということを意味します。言い換えれば、男性同士が平等な関係であれば、一部の男性が女性を支配しようとしても、うまくはいかないということです。
わかりやすいのは、一夫多妻の動物を思い浮かべることかもしれません。オス同士が争った結果、強力な上下関係が生まれると、メスを一部のオスが独占しても、他のオスが(少なくとも表立っては)対抗しなくなります。
仮説5:物質的/生殖的利益を追求する際、女性は男性による資源の支配と女性のセクシュアリティに対する男性の支配を促進する行動をとる
重要なのは、男性だけでなく女性も家父長制の存続に貢献する行動をとることがあるということです(厳密にはpatriarchyとpatrilinealityは区別すべきかもしれませんが、女性が資産を持つ男性を好むということも家父長制の存続に関係するという考えです)。
仮説6:言語能力の進化によって、男性は女性に対する支配を強化することができた
これは、進化心理学以外の分野でもよく言われることですが、(言語能力が進化した後には)男性が女性を支配すべきとか女性は男性に従うべきというイデオロギーが創造され、伝播していくことが、男女間の不平等の貢献につながるというものです。
まとめると、女性同士の連合が弱まり、男性同士の連合が強まり、男性が資源を支配し、男性間でヒエラルキーが形成され、女性が男性による富の独占や女性に対する支配を促進し、言語がイデオロギーを生み出すことが家父長制の進化と関係しているという話でした。
冒頭で述べた通り、家父長制には関連するけど区別しなければいけない概念が多いので、家父長制に関する要因を議論するのは非常に難しいですが、少なくとも1995年にはこういう論文があったよということは覚えていただければと思います。
この論文はボリュームもあり、被引用回数も多いので、ぜひ論文と引用している他の論文たちを調べてみてください。
参考文献:
Smuts, B. (1995). The evolutionary origins of patriarchy. Human Nature, 6(1), 1-32.
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